エムカワ〜るど

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ガリッサ行きの前に

今日はガリッサへと行くのだが、バスは13時発なので午前中に済ませる用事がある、とて、0君とともに街へ向かう。

日本から来る「ミコノ」のお客さん接待のため、O君はテッコー・ツアーズで、担当の女のコ(日本人)と打ち合わせをする。

σ(・_・)はカタール航空のことを話した。
「チケットあります?」と社長のオキディさん。
「今ないので、電話番号がわかれば…」とσ(・_・)。
「じゃ、これ」とオキディさんはメモをくれた。

しかーし、じつはこの番号も変わっていたのだった。
テッコーで電話すればすぐわかったのだが、チケットが手元にないのだからリコンファームしようがないもんね。



イシリー

さて、ガリッサへの出発地点、イシリーである。

スーパーコーチ社。
ここの会社は乗車を電話予約できる数少ない会社である。
座席も広めだ。
しかも、発車はジャスト・オンタイム。
ただし、安全運転?のため到着は遅めだ。

スーツケースをバスの腹に入れるのを確認する。
デスクトップ入りのバックパックは背負ったままだ。

昼食はイシリーでとることにしていたので、近くの大衆食堂に入った。
ヾ(@⌒¬⌒@)ノ ウマヒィ
久しぶりのピラウである。

さて昼食後、一人の男性を待つことになる。
ガリッサを見てみたいというA君である。
彼はハヤカワ・チアキさんに会いたい、とてケニアに来たのだが、ミコノのことを聞いて、ガリッサにも行きたいということで、急遽σ(・_・)たちに同行することになったのだ。

発車まであと10分というところ、まさにバックパッカーといういでたちで、A君は現れた。




発車

バスはガリッサへ向け出発した。

途中、バスが停まると、乗客が乗り降りするわずかの間に、売り子たちが駆け寄ってきてくる。
でも、ほとんど買う人いないんだけど。


ウカシでは、怪しいおじさんがいた。

こういうヒト、日本の露店にもいそうだ。


それにしてもバックパックが重い。

雑に扱うと壊れてしまうので、振動がこないよう太モモの上に載せたままだ。
ときどきO君が代わってくれたけど、6時間は長い。

19時半、日はとうに暮れ、バスはガリッサに到着した。

ミコノ所長の迎えで宿舎へ。




ガリッサ

ミコノのオフィスはまだ街中にある。

宿舎は、修理工場やミシン教室と同じ敷地にあり、オフィスへは毎日車で通っている。

この広い敷地へ、今やっと、自前のオフィスを建てることになった。
ちょっと前に水道が通った。
電気も申請した、近くの電柱にトランスが乗ったからである。

電話は、ケータイがあるからなんとかなる。



さて、A君というゲストを迎え、きょうは晩餐となった。

日本食が食卓に並んでいる。
おみやげに焼津で手に入れたカツオのなまりぶしを持参したのだが、それが料理に加わった。

「スライスして、しょうゆをかけたらおいしいよ」と伝えておいたら、なんと大根おろしまでつくってくれた。

A君は久しぶりに日本食を食べたそうで、とっても幸せそうだった。



食卓に並んだマヨネーズ。
ケニアのスーパーマーケットで購入できる。
マヨラーだったら、陳列してあるビンを見つけて踊り出すかもしれない。

しかーし、これをマヨネーズだと思ってはいけない。
マヨネーズの顔をした別の食品なのだ。

なので、日本から持って行くことを強く勧める。
どんな味かって? ためしてごらんヽ(^ー^)ノ

ちなみに、スーパーマーケットで売っている醤油はやっぱり醤油なのでご心配なく。


チャイニーズ、コリア

ナイロビでは「チャイニーズ」とか「コリア」とか、声をかけられることが多い。
以前は「ジャパン」一色だったのに。
それだけ中国人、韓国人が増えているっていうことなんだろう。

ナイロビで、確かによく見かけるようになっている。
家族連れで楽しく買い物をしている姿も多い。

ガリッサでも、「チャイニーズ」あるいは「コリア」と、声が飛んでくる。
しかし、ガリッサでは全然見たことがない。
「ホントにいるのか? 見たことないぞ!」と言うと「いる、いる」と大きく頭を振る現地の人たち。

ガリッサに住んでいる多くはソマリ族だが、「マサイ!」なんて呼んだら怒るんじゃないの?

「ジャパン」に侮蔑のニュアンスはない。
「ジャパン」と呼ばれた時には敬意と憧れを感じたくらいである。

『日本人とアフリカ人』(立石 俊一 著)という本がある。
その中に「黒人が日本人を含む東洋人を、自分たちの下、しかも一番低い人種と考えている」という記述がある。

黒人の言う「チャイニーズ」の意味は、東洋人ということなのだそうだ。
チャイニーズ=最下層の人間、つまり日本人を含む東洋人は一番ランクが低いということだ。
そしてそれは、白人の植民地支配の過程で植えつけられたものらしい。

著者の説に立てば、我々はガリッサで「チャイニーズ」と侮蔑されていたということになろう。
この著書、σ(^_^)からみれば当たっているところもあるし見当違いもある、ってとこだが。




ゲストハウス

去年は骨組みだけだったが、ことしは完成していた。
八畳ほどの広さにベッドが二つ並び、蚊帳が下がっている。
今回はこちらで寝泊りした。

ミコノでは、このゲストハウスを「旅人の宿」として使いたいと考えている。
ガリッサに来た日本人が宿泊でき、救援活動の現状、アフリカの現実を体験できる。

「安全だし食事も付いてくる、それで○○シリング、ってどう?」と所長。

でも、街からちょっと離れてるんだよね

「旅人の宿」ミコノ・ロッジはこちら ⇒ 



植林プロジェクト

ミコノでは、植林プロジェクトを実行中だ。
学校を中心に植林を進めている。

苗木を校庭に植え、生徒たちにその世話をさせることで緑の大切さを教えるのだ。
大切な教育だと思う。

ガリッサの自然環境は苛酷だ。
雨はほとんど降らないし、日差しが強すぎて植物は育ちにくい。
たいがいの植物は、遮光しないと枯れてしまうのだ。

木陰ができると下草が生える。
木が一本定着すれば、それ以上に緑が豊かになるということだ。

               

地味だし時間もかかるが、大切な活動だと思う。