

カワングワレ 今日は七夕だ。 南半球でも織姫と彦星は見えるだろうか…、なーんて、完全に忘れていた。 朝からカワングアレに来ている。 デジカメを持ってきている。 電子辞書もウエストポーチに入っているし、日本から持って来た携帯電話もポケットに入っている。 去年、ここの雰囲気を見て「大丈夫」と判断したからだ。 しかし、カワングワレでたくさん撮ったつもりでいたが、後で確認してみると、ほとんど撮影していなかった。 無意識に警戒していたんだろう。 ザカリヤ君、スーダン難民である。 肌の色も、顔つきも、ケニア人とは少し違う。 話し方が温和だ。 ヒョロっとして弱々しい感じがする。 10年ほど前、戦火を逃れてケニアにたどり着いたという。 「スーダンでは大学に行っていた」 「ケニアでは仕事がないんだ」 「ガリッサには2週間いた」 そんな話を聞きながら歩いた。 親類縁者が、ここには多く住んでいる。 彼と似たような顔つきの、つまりスーダン人とよくすれ違う。 というか、会うごとに挨拶をし、会話している。 「水、金曜日に市が開かれるんだ」とザカリヤ君。 市場は野菜や果物が山積みにされ、とても賑やかだった。 また、市場の横の通りには露天商が軒を連ねていて、人であふれていた。 「露天なのに軒はあるのか」なんてツッコミがありそう。 (゜゜;)\(--;)・・・ッテナンデヤネン! その通りの真ん中を一列になって、カバンやら果物やら品物を手に持って並んでいる人たちがある。 「あれは?」 「あの人たちは商品を売っている」とザカリヤ君。 買い物客ではなく、売っている。 店を出すスペースを持っていない人たちってことだ。 たくましく生きているなあ、と思う。 ザカリア君は、とある洋服屋に入っていく。 「あの服を見せて」 ずっと上のほうに吊ってあるジージャンを指差して言った。 「ちょっと小さいなあ、サイズはこれだけ?」 「これだけです」 「そっか、じゃいいや」 ザカリア君、たぶんサイズが合ったら買ったんじゃないかな。 ザカリア君、携帯電話を腰につけている。 「それ、使えるの?」 「もちろんさ」 ニヤッと笑って自慢げに持ち上げた。 「車の免許は?」 「持ってるよ」 「そうか」 路地を入っていくと、男が声をかけてきた。 「タンバコ、タンバコ」 茶色い粉を見せて勧めてきた。 鼻から吸い込むしぐさをしている。 タンバコ? 麻薬? 何人かまわりに集まって来た。 口々に「タンバコ、タンバコ」と言っている。 「シガラ?」と訊くと「ウン、ウン」と大きく頷いた。 tobacco、タバコは煙草でも、嗅ぎ煙草か。 スワヒリ語だとタバコのことをシガラ(sigara)というのだが、嗅ぎタバコはそのまま tobacco なんだ。 「いらない、タバコは嫌いなんだ」 そう断わって、路地を進んだ。 「カワングワレはドロボウが多い」とザカリア君。 「このへんにはいっぱい住んでいるよ」と近くのアパートに目をやった。 「危ないねえ」 「うん、危ない、アブナイ」 観光客ではなさそうな日本人がウロウロしている。 っていうか、観光客はゼッタイ来ないところなんだけど。 なぜか、スーダン人といっしょに歩いている。 カモがネギを背負ってるんである。 襲おうと思えばすぐにでもできるはずだが、さすがに自分たちの住居近くではやりにくいだろう。 彼の家に着いた。 トタン壁の長屋である。 窓はない。 四畳ほどの広さにシングルベッド、身の回りの品はカバン一つといったところだ。 「こっち、こっち」 「これは妹、これは母親」 彼の家の隣に二階建ての小さなアパートがあるのだが、そこに住んでいる家族を紹介された。 十二畳くらいの広さのリビングには5、6人の男たちがテレビを見ながら歓談していた。 スーダン人の溜まり場になっているようだ。 平日の昼間である。 この人たちにも、もちろんカワングワレですれ違った彼らにも仕事はない。 ザカリヤ君、車の運転免許がある、携帯電話も持っている、パソコンもある、大学にも行った。 しかし、「仕事がない」という。 彼は、いつか口にするであろうセリフを飲込み、こう言った。 「あしたも来てほしい」 翌日 朝、カワングワレへ向かった。 デジカメも電子辞書も携帯電話も財布も、それにパスポートもミコノ・オフィスに置いて。 ポケットにあるのはマタトゥ代とレンズ付フィルムだけだ。 昨日にぎやかだったマーケットも、今日は静かだ。 もちろん開いている店も多いのだが、昨日の活気とはうって変わって、みなヒマそうにしている。 ザカリヤ君の家に着くと、なんだかそわそわしている。 何人かで集まり話をしている。 シルバースプリング・ホテルに援助の期待できそうな人が来るらしい。 σ(・_・)がいるのに気がつくと、「じゃ、行こう」と歩き出した。 「土曜日は酔っ払いが多いんだ」とザカリア君。 なんて話をしていると、男がふらつきながら陽気に声をかけて来た。 「やあ、元気か? ○▲☆■%…」 酔っているのでなんだかしつこい。 こういうのはトラブルの元だ。 適当にあしらって、男から離れた。 「明日はキベラ(スラム街)に行こうと思うんだが」とσ(・_・) 「ええっ、そんな危ないよ!」とザカリヤ君。 カワングワレに住んでいてなにを言っているんだろうって感じだが、たぶん彼は行ったことがないのだと思う。 やっぱり、土・日にはスラム街へ行かない方がいいのだろう。 ここにもゴミ収集車は来る。 といっても、普通のトラックだが。 道の真ん中にゴミが山になっているが、それを回収してまわる。 「ソーダ(炭酸ジュース)でもどう?」と彼は誘った。 σ(・_・)はお金がないので「遠慮しとくよ」と断った。 彼はファ○タ・オレンジを注文した。 貧乏なわりには金離れがいいと思う。 「そろそろ行かなきゃ、会う人がいるんだ」 彼はそう言い、そして、昨日言わなかったセリフを口にした。 「見ての通り、家賃もいるし、食べてかなきゃならない、着るものも必要だ」 「500シリング、援助してくれないか」 σ(・_・)は答えた。 「今日はなにも持ってきていないんだ、マタトゥ代しかない」 「ソーダも飲まなかっただろう?」 「きのう、『ここは危ない』って君は言ったじゃないか」 彼は落胆していた。 いくばくかでも援助を受けられると思っていたのだろう。 「タカリ」という職業 アフリカでは、富める者は貧しい者をたすける、ということが当たり前になっている。 相互扶助社会である。 だから、昼間から仕事がなくてふらふらしていても、何とか生きてゆける。 もう一つ言えば、富める者は貧しいものをたすけなければならない、ということでもある。 アフリカには先進工業国から巨額の援助金が流れ込んでいる。 なにか役に立ちたい、というボランティア団体がたくさん活動している。 貧しいアフリカの人間はたすけてもらうのが当たり前なのだ。 だって、外国人は裕福なのだから。 アフリカは貧しい、貧しい中、物を分け合って暮らしている。 外国人が来る、すかさず声をかける。 何か貰えたら、ラッキーじゃないか。 それをみなで分け合うのだ。 もし、コミュニティの中の誰かが、なんらかの職にありつくことができたとしよう。 それも、待遇のよい、給料のよい会社へ。 収入があるとなれば、彼らは集まってくる。 給料のうちの幾ばくかを分けてもらうためだ。 さらに彼らは言う。 「まだあるだろう、もっと出せ、なんたって稼いでいるんだから…」 汗水流して働いて、少ないと文句を言われ、自分の身につかないお金を得るより、人にタカったほうが楽だろう。 タカる相手がいなくたって、何とか生きていける。 それに、思いがけぬ収入の方が喜ばれるじゃないか。 アフリカの人間はみんなタカリ、ということではない。 市場のおばちゃんも、露天商のおじさんも「買ってくれ」とは言うが、むやみに「援助してくれ」とは言わない。 もし「たすけてくれ」と言ってきたなら、やはりそれなりの事情があるんだと思う。 ダメモトで、なんとかかんとか言ってくる場合もあるから見極めないといけないけどね。 |